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奈良地方裁判所 昭和38年(む)49号 判決 1963年3月18日

被告人 辻川保夫

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する偽造公文書行使被告事件について、奈良地方裁判所裁判官高橋金次郎が昭和三八年三月一三日にした保釈許可の裁判に対し、同奈良地方検察庁検察官中藤幸太郎から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理をしたうえ次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

第一、本件準抗告の申立の理由

別紙(第一)記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、一件記録によれば、被告人が昭和三八年三月九日別紙(第二)記載の偽造公文書行使の公訴事実により奈良地方検察庁検察官から奈良地方裁判所に起訴され、同日同裁判所裁判官高橋金次郎から右公訴事実に基づき勾留され、被告人は以後引き続き勾留されていたところ、同年同月一一日弁護人河島徳太郎から同裁判所裁判官に対し保釈の請求がなされ、同月一三日同裁判所裁判官高橋金次郎においてこれを容れ、「保証金額は金一〇万円とする。被告人の住居を大阪市住吉区苅田町八丁目九〇番地に制限する。」との条件で保釈許可決定をした事実が明らかである。

二、そこで先ず、本件について、刑事訴訟法第八九条第四号に該当する事由が存するか否かについて判断するに、同号に規定する「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」とは、勾留の基礎となつている公訴事実につき考慮すべきものであり、被告人のいわゆる余罪について罪証隠滅の虞があるかどうかを本件保釈について考慮することはなし得ないものと解すべきところ(名古屋高等裁判所昭和三〇年一月一三日決定参照。)況や被告人以外の他人の犯罪についての罪証隠滅の虞の有無を考慮しないことは勾留制度の本質からいつて疑の余地のないところである。一件記録によれば、本件勾留の基礎となつている右偽造公文書行使の公訴事実については、先ず被告人の知情の点を除くその余の部分については偽造の新規登録用謄本等の関係書類は既に捜査の段階で押収され、関係人の取調べも一応終了し被告人も右外形的事実は勿論のこと、その知情の点についても逮捕されて以来その犯行を認め、かなり詳細に捜査官に供述しており、前記勾留裁判官による本件勾留手続に際しても、右公訴事実を認める旨の陳述をしていることが認められ、これらのことを綜合してみると、被告人が行使した本件偽造公文書の偽造本犯は、未だ逮捕されず、逃亡中であつても、被告人に右勾留の基礎となつている本件偽造公文書行使の公訴事実について罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があるとは認め難い。それ故本件は同条第四号の事由にはあたらない。

三、また、一件記録を精査するも本件について刑事訴訟法第八九条第二号、第三号、第五号、第六号に該当する事由も認められない。

四、次に本件は偽造公文書行使の罪にかかるもので、これは刑事訴訟法第八九条第一号の事由に該当するものであるが、本件は一箇の偽造公文書行使の罪にかかるもので、その取調の状況は前示のとおりであり、また、一件記録によれば、被告人は独身ではなく、母や現に結核で療養中の妻、生れて間もない長男のほか妹等の家族もあり、しかも自宅で建材料の小売販売業を営んでいて定職も有しており、被告人自身も健康体ともいえないことが認められるので、これらの点を斟酌すれば、本件は裁量によつて保釈することが不相当である事案とは断じ難い。

五、そうだとすれば、前記高橋裁判官が事案を審査し、前記保釈条件のもとに被告人を保釈することを許可した前記決定は相当であり、本件準抗告の申立はその理由がないものというべきである。

六、よつて、本件抗告の申立はこれを棄却すべく、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 前田治一郎 藤井俊彦 村瀬鎮雄)

別紙第(一)

理由

右被告人に対し、昭和三十八年三月九日偽造公文書行使罪により奈良地方裁判所に公訴を提起し同日以降同裁判所裁判官高橋金次郎の発付した勾留状により引き続き勾留中であつたところ同月十三日同裁判官は弁護人の請求により右被告人に対し保釈保証金を十万円として保釈を許す旨の決定をした。

しかしながら本件は刑事訴訟法第八十九条第一号に該当し権利保釈から除外されている上、同条第四号の事由に該当するもので保釈は不相当と思料する。

すなわち

第一、本件公文書偽造の本犯が逃走中である。

被告人は偽造公文書であることを知つていたと認めているがそれは被告人が本件謄本を後藤こと円岡武から入手する前に逮捕された島野好三から聞知したことであつて具体的な偽造方法を知つていたとは認めておらず、もし被告人を保釈にすれば右円岡との間に通謀が行なわれ知情の点を覆えすべく証拠隠滅するが虞ある。

第二、賍品捜査が完了しておらず保釈々放すれば証拠隠滅の虞がある。

本件自動車は不正な方法で円岡の手に渡つたものと思料されるが本件自動車の車台番号は打ち換えられていて元の所有者を確定することならびに如何なる経路でそれが被告人の手に渡つたかの捜査が完了していない。現在鑑識方法の最高手段である電解研磨法と呼ばれる方法をもつてしても以前の車台番号を確定したのはまだ二台に止まり、窃盗本犯の逮捕されるをまたなければ賍物性の客観的事実も確定できない。

第三、本件は単に一枚の偽造公文書行使にすぎないが既に大阪府ならびに奈良県陸運事務所において四十五枚の偽造謄本が発見され島野好三の検察官及び司法警察員に対する供述ならびに池田勝利の司法警察員に対する供述調書によれば被告人の背後には相京忠雄、木原二郎、境晃、円岡武、朱瞞南、金元先と云う大がかりな新規登録用謄本偽造団ならびに自動車窃盗団が存在していずれも被告人は直接の関係を有し、それらの者について現在いずれも逮捕状を得て指名手配に鋭意捜査中であるから被告人を保釈するときはこれらの者と通謀し、罪証を隠滅する虞がある。

第四、これらのことは島野好三は司法警察員に対する供述調書において、被告人も円岡が偽造しているのを傍で見ていたというのに被告人は見ていなかつたと述べ、被告人自身の謄本が偽造されているのを島野は被告人に見せたと述べているのに被告人は見ていないと述べていることなどから明らかな事実である。

第五、弁護人は保釈請求の事由中被告人が結核であることを挙げているが医師の診断書なく又そのような徴こうは何ら認められないから、病状についても何等考慮するに当らないと思料する。

別紙第(二)

公訴事実

被告人は、後藤こと円岡武より普通乗用自動車(ニツサンセドリツクカスタム六十二年型)の売却を依頼されたが、右自動車は賍品であり、商品価値を向上するためには新規登録を必要とするところにより、昭和三十七年十一月二十一日大阪市東区杉山町一番地所在大阪府陸運事務所において、右自動車の新規登録申請をその自動車の買受人である藤原秀雄名義でなすに際し、被告人が右藤原の代理人として登録申請に必要な新規登録用謄本が愛知県知事の記名押印ある発行番号九一九一の自動車の車名、型式、車台番号、原動機の型式等は自動車登録原簿の記載と相違ない旨認証している新規登録用謄本と題する公文書中右の自動車の車名等四項の事項を前記ニツサンセドリツクの如くに新しく書きかえ、もつて前記自動車に対して同知事が認証したように偽造されたものであること知りながら大阪府陸運事務所登録官馬淵正之に対し、あたかも真正に成立したもののように装つて提出し、もつて偽造公文書を行使したものである。

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